Blog Image

時代の変化とともに、こころの病に対する認識は変化しつつあります。しかし、実際に患うご本人やともに暮らすご家族の苦しさや辛さはそう変わったりしません。どんな理屈や倫理感や常識があろうが、すべてを投げ出したいのは一度や二度ではないでしょう。
我が存在を、あるいは我が子やパートナーの存在を本当に投げ出したい、その川の渡し船に乗ってしまうその前に、ここにちょっと立ち寄ってほしいと、「先人」たちが開設したお茶屋さんです。

うつ病 2019.12.03

なんでも大丈夫!?

面接で「週4日で当分しばらくの間はお願いします」と伝えてあった。勤め始めて約1カ月半。なんの相談もなく勤務表を見たら週5日や6日が!「勤務大丈夫?」と聞かれたが「はい。とりあえず大丈夫です」と答えてしまった。頭の中では『なんで週4じゃないの?』と思っていても言うこと(主張)はできない。そして不安になってしまう。さらにその決まったシフトでやり遂げることを目指す。



発達障害 2019.12.03

MAX9時間

大きく動揺すると何時間でもそのことについて、慌て続けてしまう。主治医曰く「混乱が長時間続く」のだ。混乱すると頭が同じところをぐるぐる走る。気持ちの切り替えが、まるでできない。
それでも最近やっと、混乱が落ち着くまでの時間がわかった。私の場合は「9時間」だった。9時間を過ぎるとなんとか別のことを考えられる。10時間以上混乱してたらカウンセリングの予約を入れる。何かが起きても「9時間は慌てても良い」と思えて楽になった。



アルコール依存症 2019.11.03

過去に照らし合わせると

酒害相談というものがある。いま正に酒の問題で大変な状況に陥っている当事者と家族からの相談を受け、治療に繋げるのが目的。無償の活動だ。
家族は疲弊している。本人は口では止めるようなことを言っていても、呑みたくて仕方ない。たちの悪い相談ほど、自分を振り返れる。なぜなら自分がたちの悪いアル中だからだ。
・・・今は酒が止まっているけど、呑んだらこうなっちゃうんだよな・・いやぁ~酷い・・俺も家族をとんでもない目に合わせちゃったよなぁ~・・
自分を振り返れるのが何よりの報酬だ。



発達障害 2019.11.03

本態性振戦

僕はちょっとした事で手や足が震える、「本態性振戦」という病気の当事者でもある。片手で飲み物の乗ったおぼんを持つ時、フォークで皿に盛ってあるサラダをすくう時等、他人から見れば当たり前に出来ることが僕には出来ない。
昔は、この震えをよく知人に指摘された。今は、言われないが、もしかしたら言わないだけで心の中では思ってるのかもしれない。でもこの震えも僕らしさである。そう今、思えるのは、友達の存在が大きい。
振戦で悩んでいる人は僕以外にもいると思う。本態性振戦への理解が広まることを願いたい。



特集 2019.10.03

特集「『精神科』に辿り着くまで」

どんな異変を感じて、どのようにして精神科に行くことになったのか。家族や友人、学校や職場の人、誰に相談したか。自分から行ったのか、誰かに連れて行ってもらったのか、連れて行かれたのか。行政機関や病院の他の科から紹介されたのか...。『精神科』に辿り着いた経緯について当事者、家族に聞きました。



アルコール依存症(通院歴11年)

数々の問題飲酒後に断酒を試みるが、試してみると?全く眠れない。手足は震え、目を閉じると眼球が痙攣。身の危険を感じて妻の探した精神科を受診。アルコール依存症と診断を受け入院。薬でようやく眠ることができた。


発達障害(通院歴12年)

21歳の6月。最初の職場で人間関係と仕事があまりにもできないことに悩み、何回も自殺未遂を繰り返して、母親に精神科につれていかれたのがきっかけです。


家族(娘がパーソナリティ障害・通院歴14年)

娘が16歳の時、ある夜突然「苦しくて消えたくてどうしたらいいかわからない。楽になりたいから精神科へ行きたい。」と言った。ネットで調べて何となく良さそうな精神科を初めて受診したが、以来6人医師を変えた。


うつ病・双極性障害(通院歴19年)

20歳春。強烈な希死念慮に襲われ、このままでは自分に殺されると恐怖を感じ、精神科クリニックを探し受診。初診を終えてから両親に報告。3年後、別のクリニックで双極性障害の可能性を指摘された。


パーソナリティ障害(通院歴19年)

亡くなった叔父が精神科に通っていたため、ずっと受診しなかった。精神科に行ったら人生終わると思っていた。しかし学校を退学すると引きこもり、周囲が困り受診へ。私は「人生終わりでいい」と思い、精神科に行った。とっくに限界を超えていた。


摂食障害(通院歴23年)

スクールカウンセラーに友達の相談をしていたはずがいつの間にか自分の相談になっていた。一気に痩せた私に摂食障害の疑いがあると担任に伝わり親にも警告が出たらしい。中1の秋に心療内科へ入院、退院後精神科へ。



摂食障害 2019.09.03

強迫行動をやめた理由

過食が始まった時、私は太ることが怖くて、強迫的に運動をしていました。私が選んだ運動は、階段昇降です。高層マンションや高層ビルの階段をひたすら上り下りしていました。
とあるマンションの階段で初めてペットではなく人間の排泄物が落ちているのを見てビックリしました。そのうちに「ここで排泄しないでください」という貼り紙が貼られるようになり、「私が犯人と間違えられたらどうしよう」と不安になり、運動場所を変えるようになりました。
階段でトイレをする人がいるんですね。



パーソナリティ障害 2019.09.03

生きる決意の中で

ある日、目が覚めると、とある外科病棟のナースステーションに置かれたベッドの上だった。どうやら解離したのち自傷行為をしたらしい。
その数年前、好きになってくれた後輩が大病の末に亡くなったと聞いた時、私は自傷行為の真っ最中だった。後輩が亡くなったのに何してんだろう?と自傷行為をやめると決意した。しかし、どんなに決意しても願っても、かなわずに自傷行為をする。それが症状なのだろう。
当時「強いんだか弱いんだか分からないや」と彼は言った。少しは強くなれただろうか?私を生かしたのは彼かもしれない、とベッドの上で思っていた。



家族 2019.08.03

笑顔の思い出

幼い頃、娘は大きな声でよく笑う子だった。
子供の時の笑顔を思い出すことが、最近よくあるが、いつも13歳で止まってしまう。
それから後の笑顔がほとんど思い出せない。楽しそうに青春時代を送る他の子達と娘を比べては、不憫でたまらなかった。
私の子育てが悪かったのだ。もっと愛情をかけていたら・・・もっとしっかり話を聞いていれば・・・堂々巡りの後悔ばかり。いつも暗い顔をしていたと思う。
「そんな私を見るのは娘にとっても辛かったのだ。もっと自分を大切にして楽しまなければ」と気づくのには、ずいぶん時間がかかってしまった。



パーソナリティ障害 2019.08.03

危険な私

ある日の診察。「平穏な生活が心地よい時とたまに物足りなくて刺激を求めているときがあるんです」と私は話をした。主治医は「あなた、昔は刺激のない生活を送るくらいなら死ぬと言っていましたよ。だいぶ変わりましたよね」と一言。思い出した!ボーダー全開のときの私を。カウンセラーの「安全第一だよ」との指摘を鼻で笑ってた。「何が安全第一だ!スリルがなくては生きてる心地がしない」そんな風に思ってた。お恥ずかしい。そう考えるとやはりある程度年をとり、色々な人との関わりの中で経験を重ねることで落ち着くのだと思った。



摂食障害 2019.07.03

(不)自由な家

両親のことは好きだ。仲も良い方だと思う。でも、それだけというわけでもなかった。タブーの多い家だった。言ってはいけない言葉。考えてはいけない考え。縛りの多い家だったことを、今でも母は認めようとしない。父とは母を介してしかあまり話せなくて、父の考えを聞いたことはない。
親は親で生きればいいから、私は私で生きていきたい。
自由になりたいと言葉にすることも、本当は怖い。両親を否定してしまう気がして悲しい。そう思ってしまうのは私の歪みで、抱えた課題で、今持つことのできる私の自由だった。



アルコール依存症 2019.07.03

自己中な認知

呑んでいた頃、喜怒哀楽は酒の肴だった。
怒りや哀しみを押し殺すために一人自室で酒を飲む。
考えることは、
・・畜生、あんなことさえなけりゃ、今頃、俺は・・・
無数の選択肢を、決めてきたのは全部自分のくせに、誰かや何かのせいにする。
うまく行けばうまくいったで喜びや楽しさを、自分の手柄にして酒を飲む。
・・ははは、さすが俺だ、俺様だ・・・
いま考えると恥ずかしい。
うまく行かない時こそ自分の責任。うまくいっているのは沢山の人達のお陰。
僕は、そんな当り前のことさえ判らなくなっていた。



発達障害 2019.06.03

発達障害は、個性?

皆さんは、発達障害を人から尋ねられた時、どう説明していますか?
僕は「人の心の中に五体満足の人がいるとする。発達障害を持つ人は、そのうち右足、左足、もしくは、両方の足がないんだよ。社会という名の道を発達障害者は、這いずるか人に担いでもらうか「車椅子」か片足で飛び跳ねるか義足つけるかで精一杯生きて、歩いてるんだよ。」と説明してます。
僕はこのような考えにたどり着いた時、「発達は、個性」という考えをしなくなりました。立派な「障害」です。だって心の中が五体満足の人ができることが「配慮」や「支援」を受けなきゃできないことがあるのですから。



パーソナリティ障害 2019.06.03

自分の感情と向き合って

ここ一年間、20年以上続けてきた過食嘔吐や男性依存などの症状をしないでいられている。症状が酷いとき、これがなくなったらさぞ楽になるだろうと思っていた。しかし、そうではなかった。今までいかに異常なことをしてきたか、それにより大切な人達にかけた沢山の迷惑、数えきれないほどの後悔。
今、症状を使ったら一時的には辛いことから目を背けることはできるだろう。でも、もっと後悔が増えることになる。そう思うから症状には走らないですんでいる。これからも一日一日症状を使わずに溢れる感情に向き合って日々を過ごしていきたい。



うつ病・双極性障害2019.05.03

母の幸せと私の幸せ

私は病気になってから母とうまくいっていない。そっけない態度を取るし、意に反するとムカついてしまうことがある。母に心を許していないし、母に頼るのも嫌な気持ちになるから、とことん避けている。そんな私みたいな娘、親に心を開かない娘をどう思っているのだろうと疑問である。
親はどんな娘でも可愛いのか?私はいつまで母を避け続けるのか?
おそらく、私の心の中の問題だと思う。
主治医は、あなたの人生のテーマは「家族」ですと言った。



発達障害 2019.05.03

見えない障害

精神障害は外からは見えない障害だ。それ故にできないことに対して「怠けているからだ」と周りから言われたり、自分でも思ったりしてしまう。調子に波があるので頑張ればできる時もある。だから余計に「なんでできない」と周りから言われ、自分で自分を責めてしまう。
どうしたら健常者のように普通に自然に当たり前のことを当たり前にできるのかがわからない。いや、当たり前のことを当たり前にできないから『障害』なんだろうが、そうは見えないから厄介だ。いつか『健常』も『障害』も関係なく『自分らしく』自然に生きていけるようになりたい。



家族 2019.04.03

精神科

今から15年前、初めて娘の付き添いで精神科に行った時、私は緊張と不安で震えていたのを覚えている。インターネットで調べて訪れたそのクリニックは薄暗くて、待合室には4、5人の若い男女がいた。先生はどんな感じなのか、診察はどのようにするのか、薬を飲んだら良くなるのだろうか...とにかく不安だった。
「自分が、そして娘が精神科と関わることになるなんて思ってもいなかった。」
今思えばほんの序の口のことだけど、その時は真っ暗闇に突き落とされた思いがした。



摂食障害 2019.04.03

拒食制限型(絶食激やせ型)とおでん

ミモザ(デイケア)の特徴でもある、食事会。ちょっとした昼食会、ナイト夕食会、誕生会。その食事会のメニューですが、最近ヘビーな内容が続いていました。ピザ、カレー、ハンバーグ......やっとサラダになった!と思ったらツナ入り。そのツナ缶はカロリーオフ?ノンオイルですか!?
結局、怖くて参加できなかったことも。拒食制限型でも入れるメニューはないか?と皆で考え、出ました。おでん!これなら!!......蓋を開けてみたら「こんにゃくは短時間では味がしみないから」「野菜が高かった」等々、練り物中心のおでんに。
制限型、怖くても参加するか、悩むことになりました。

ミモザ(デイケア)の食事をこちらのページで紹介しています。



パーソナリティ障害 2019.03.03

ボーダーラインの危機回避方法

解離性障害(BPD)通院歴16年。ボーダーラインにとって過食症状は可愛いものだと感じている。リスカやODなどの問題行動に比べれば、危険は少ないと私は感じている。過食しているよりもハードな衝動行為や解離症状の方が人を巻き込んでしまうことが多い。
抱えきれない悩みや辛さがあった時、頭の中を「リスカしたら楽だなー」という思考がよぎるのだが、直後に「絆創膏すんの面倒だし、膿んだら治りが遅いしなぁ...」と、した時の面倒を思い出す。
「やるの面倒だな」と、ため息とともに過食の材料調達へと向かうのだ。



アルコール依存症 2019.03.03

減酒外来は未病対策

アルコール依存症(アル中)になると、節酒(節度を保った飲酒)はできない。僕自身、身をもって体験している。断酒している人は大概、骨身にしみて知っている。
アル中と診断されても節酒できてるよ。と思う人がいれば、自分で思っているだけ。周囲に多大な迷惑をかけていることに気が付いていないだけ。僕もそうだった。
最近、減酒外来というものがある。
飲酒欲求を減らす薬を用いて節酒させようという医療。これはあくまで健常者に対する未病対策。依存症には効かない。
絶対に間違えないでほしい。



うつ病 2019.02.03

死ぬことを止めるもの

仕事上の問題及び家庭内不和から携帯で楽な自殺の仕方を毎日検索していた。必ず出てくるのが「いのちの電話」だった。
居場所がなく、いのちの電話に電話したが「おかけになった電話は大変混雑しています」というアナウンス。数十回電話しやっと繋がる。
ある日連絡が取れないだけで周囲に迷惑をかけることを目の当たりにし、勝手に死ぬのは誰にも迷惑をかけることじゃないと思っていたがそうではない現実。
僕はとりあえず「死ぬこと」を止めているのは仲間、ドクター、過去の衝撃的な出来事です。



発達障害 2019.02.03

部屋が片付けられない

部屋を片付けられません。どうしても、片付けられません。左右にスライドできなくなったスライド式の本棚。物でふさがって開かない押し入れ。中が空っぽの洋服ラック。床ですか?見えません。
これではいけない!ひきだし付きの大きなベッドを買いました。収納できます!なんでも入ります!!
ベッドを買ってそろそろ3ヶ月。まだ、ひきだしの中は空っぽです。床ですか?見えません。





River Side SANZトップページに戻る

back number(年別)

back number(特集)

back number(疾患別)